2025年10月31日金曜日

2025年11月の予定

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

11月の礼拝の予定は以下のとおりです。足立梅田教会にぜひおいでください!

礼拝は毎週日曜日午前10時30分からです。地図はここをクリックしてください


11月 2 日(日)永眠者記念礼拝

       説教「永遠の救い」関口康牧師

       聖書 ガラテヤの信徒への手紙 4 章12~20節

11月 3 日(月)墓前礼拝(埼玉県越生町 足立梅田教会墓地前)(午前11時~)

       説教「悲しみを乗りこえて」関口康牧師

       聖書 ヨハネの黙示録21章 3 ~ 4 節

11月 9 日(日)降誕前第 7 主日

       説教「自分を見つける」関口康牧師

       聖書 エフェソの信徒への手紙 4 章25~32節

11月16日(日)降誕前第 6 主日

       説教「人の罪を赦す」関口康牧師

       聖書 コロサイの信徒への手紙 3 章12~17節

11月23日(日)収穫感謝日礼拝 (午前9時~教会学校)

       説教「あなたの宝」関口康牧師

       聖書 マルコによる福音書10章17~31節

11月30日(日)アドベント(待降節)第 1 主日礼拝

       説教「終末と希望」関口康牧師

       聖書 テサロニケの信徒への手紙一 5 章 1 ~11節

2025年10月26日日曜日

宗教改革の教会

マルティン・ルター(左)とジャン・カルヴァン(右)

説教「宗教改革の教会」

ガラテヤの信徒への手紙 2 章11~14節

関口 康

「ケファがアンティオキアに来た時、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです」(11-12節)

日本基督教団の教会暦で、毎年10月31日が「宗教改革記念日」です。近い日曜日の今日の礼拝を「宗教改革記念礼拝」としました。

なぜ毎年「10月31日」が「宗教改革記念日」なのかについては、以前もご紹介した私の高校時代の世界史教科書『詳説世界史(再訂版)』(山川出版社、1981(S56)年)に頼ることにします。そのほうが、専門書から引用するよりも、皆さんが高校時代にお習いになったことを思い出していただけるでしょう。

文部省検定済教科書『詳説 世界史(再訂版)』(山川出版社、1979年版)

「16世紀はじめ、教皇のレオ10世(*現在の教皇はレオ14世)はルネサンス文芸を愛好し、サン=ピエトロ(*聖ペトロ)大聖堂の改築資金調達のため、免罪符(贖宥状)を発売した。このころローマ教会の腐敗ははなはだしく、免罪符の販売はたんなる教会の金集めの手段となり、ことに皇帝権力の弱いドイツでは教皇庁の搾取をおさえることができないため、その弊害がはなはだしかった。そこで1517年免罪符の販売人がドイツへやってきたとき、司祭であり、ヴィッテンベルク大学の教授でもあったマルティン=ルター(Martin Luther [1483-1546])は、魂の救済はただ福音の信仰のみによるとの確信から、免罪符販売を攻撃する九十五ヶ条の論題を発表した」(同上書、166~167頁)。

「九十五ヶ条の論題」が発表された日付そのものは教科書には書かれていませんが、それが「1517年」の「10月31日」でした。それで、その日が「宗教改革記念日」になりました。

その後、ルターの宗教改革が大きく行き詰まる時が訪れました。

1524年から1525年にかけて、ルターの影響を受けた宗教改革者トーマス・ミュンツァー(Thomas Müntzer [1489-1525])がドイツ南西部の農業従事者を率いて、圧政を強いる支配者層を相手に「農民戦争」(Bauernkrieg; Peasants' War)を起こしました。

「戦争」と言っても、農民たちの武器は農具(鋤(すき)、鍬(くわ)、鎌(かま)など)を作り変えただけの貧しいものでした。日本の江戸時代の「百姓一揆」のようなものだったと考えるべきです。支配者側の抵抗により、彼らは虐殺され、鎮圧されました。

その中でルターは、高校世界史の教科書どおり、「キリスト教徒の内面的自由を主張する反面、現世の権力は神により設けられたとみる立場から、農民の暴動をはげしく非難」しました(同上書、168頁)。

ルターにとっては、「信仰義認」の教えも、キリスト教そのものも「心の中の問題」を解決する道であって、直接的な意味で個人の生活のあり方や社会や政治を問うたり変えたりする行動原理ではなかったのです。

そのため、ドイツ南西部の農民からすれば権力者側にいるとしか見えないルターとルター派は、その地域の人々から支持されなくなり、多くの人がカトリック教会にとどまりました。ルター派は、ドイツ以北のヨーロッパ諸国に広まりました。

16世紀の宗教改革者でもうひとり忘れてはならない人物が、フランス人のジャン・カルヴァン(Jean Calvin [1509-1564])です。以下も高校世界史の教科書の引用です。一般向けに書かれたものとして、よくまとまっています。

「ドイツに少しおくれてスイスにも宗教改革がおこった。ツヴィングリ(Huldrych Zwingli [1484-1531])は改革説をとなえてその先駆をなしたが、フランス人カルヴィンがジュネーヴに移って、福音主義に基づく新教をとなえて多くの信者をえた。かれは教皇の権威を否定しただけでなく、司教制を廃して信徒の代表である長老の制度を設け、奢侈(しゃし)(*ぜいたく)や浪費をいましめて勤労をすすめ、カトリックの教えと異なって勤労の結果としての営利事業や蓄財を認めた。そこでこの教えは成長しつつあった市民階級の利益に合致し、スイスの支配的宗教になるとともに、産業市民層の発達した各地にひろまった。この教派はスコットランドではプレスビテリアン(Presbyterians 長老派)、イングランドではピューリタン(Puritans 清教徒)、フランスではユグノー(Huguenots)とよばれた」(同上書、168頁)

オランダでは「ヘーゼン」(Geusen)と呼ばれました(「ゴイセン」は誤記です)。その意味は「物乞い」です。彼らもまた、ドイツの農民と同じように、圧政を強いる支配者側に搾取される側の、弱く貧しい人々でした。

カルヴァンの教えは「心の中の問題」ではなく「生活の問題」であり、「道徳や倫理の問題」であり、「社会や政治の問題」に取り組むものでした。だからこそ、社会や政治や宗教の構造の中で搾取され、貧困と弱さの中に追いやられた人々にカルヴァンの教えが支持され、国境を越えて広がっていきました。

「プレスビテリアン」も「ユグノー」も「ピューリタン」も「ヘーゼン」も、呼び名が違うだけで、すべてカルヴァンの流れの人々です。

日本に来た最初期のアメリカ人のプロテスタント宣教師たちの教えが「ピューリタン的」と評されました。横浜に来たJ. C. ヘボン宣教師が長老教会(プレスビテリアン・チャーチ)の人で、S. R. ブラウン宣教師が改革派教会(リフォームド・チャーチ)の人でした。

足立梅田教会の創立は1953年です。開設時は「美竹教会梅田伝道所」でした。美竹教会の創立者である浅野順一牧師(青山学院大学神学部教授、旧約聖書学者)は、旧日本基督教会から日本基督教団に合流した方でした。

足立梅田教会の創立者である藤村靖一牧師(青山学院高等部聖書科専任教諭)の出身教会である東北学院教会(現「仙台広瀬河畔教会」)も、戦前は旧日本基督教会でした。

このように考えると、足立梅田教会は、比較するとルターの流れよりはカルヴァンの流れ(改革派、長老派)のほうに近いと言えます。

今日の聖書箇所に使徒パウロが描いているのは、パウロ自身が使徒ペトロを面罵する場面です。ペトロの行動が、信仰義認の教理を打ち消す方向に働いていることをパウロが見抜き、そんなことをされては困ると抗議しなくてはならなくなったからです。

ルターが「ガラテヤ大講解」(講義:1531年、出版:1535年) 2 章11節に記しています。

「パウロはペテロを激しく攻撃したわけではない。彼を十分敬って扱っている。だが、ペテロの権威のゆえに義認の条項の偉大さが危うくされているのを見たので、ペテロの権威などを意に介さずに、この義認の条項を安全に保ち、守ろうとしたのである。われわれもこのように行っている」(『ルター著作集』第 2 集第11巻、ガラテヤ大講解・上、徳善義和訳、聖文舎、1985年、161頁)。

ルターの言うとおりです。たとえ使徒ペトロの権威であろうと、もし真理を重んじないならば、そのような人を恐れる思いは、「宗教改革の教会」にはありません。

(2025年10月26日 日本基督教団足立梅田教会 宗教改革記念礼拝)

2025年10月19日日曜日

未来をひらく 久保哲哉牧師

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「未来をひらく」

聖書 創世記11章24節~12章 4 節

講師 久保哲哉牧師(聖学院中学校・高等学校宗教主任)

「アブラハムは主の言葉に従って旅立った」(12章4節)

信仰の父アブラハムは「主の言葉に従って旅立った(創世記12:4)」とあります。主なる神の言葉に直ちに従うアブラハムの姿が印象的です。私たちもこの信仰の姿勢を見習いたいものです。

ただし、アブラハムが選んだ「従う」道は、他の進路が主なる神によって「閉ざされた」結果、彼の前に残された唯一の道であったとも見ることができます。

もし、アブラハムの父が存命で、跡取り息子があって、経済的にも恵まれた状態であれば、アブラハムはこの神の声に聞き従う、ということはなかったでしょう。興味深いことに、わたしたちの神は、道を閉ざすことによって、救いに至る道を残すお方であることがここからわかります。人間の目には不思議に見えますが、わたしたちの神はただ「未来を閉ざす」方ではないのです。

主なる神は、わたしたちが窮地のときにこそ、手を差し伸べてくださるお方です。御言葉によって御心を示してくださるお方です。私たちの神は、厳しくも、優しい神なのです。

世界には疫病・自然災害・戦争など、色々な苦難が起こります。しかし、そのようなときにこそ、神が未来をひらいてくださるのです。この「信仰」を与えられた私たちは、希望をもってそのひらかれた未来を生きるのです。

私たちの歩みは力弱く、遅々として進まないものでありますけれども、開かれた神の国への道を、平和への道を、聖なる者としての道を進みゆくことができますように。

(2025年10月19日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)

救いの時を共に祝おう 金町教会説教

日本基督教団金町教会(東京都葛飾区東金町3-17-6)

説教「救いの時を共に祝おう」

マタイによる福音書25章1~13節

日本基督教団金町教会説教

関口 康(足立梅田教会牧師)

「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」(13節)

おはようございます。はじめまして。足立梅田教会の関口です。

最初に申し上げたいのは、お詫びの言葉です。申し訳ありません。「お前はだれだ」と思っておられる方が多いはずです。今日の説教者がなぜ私なのかを言わないと、説教を始めてはいけない気持ちです。

事実経過を申し上げます。 9 月 9 日(火)午後 3 時から東支区教師会委員会を富士見町教会で行いました。私は委員のひとりです。委員会は 7 名で構成されていますが、出席 4 名、欠席 3 名でした。そのとき「10月19日(日)金町教会の説教者を探しています」と募集がありましたので「私でよろしければ」と立候補しました。それだけです。

金町教会の建物には今年 3 月 4 日(火)夜に東支区祈祷会が行われたとき初めて来ました。その後、 7 月 3 日(木)午前中に東支区教師会委員会の会計担当者の引き継ぎ会を金町教会で行いました。私がこの建物に来たのは、その 2 回だけです。

しかし、私が「金町」という地名を認識したのは21年前です。2004年 4 月。当時の私は日本基督教団ではない別の教派の教会の牧師として松戸に住んでいました。2015年12月までその教会の牧師でした。その後、柏市のマンションに2018年 2 月までいました。松戸にいたときも、柏に移ってからも、JR最寄り駅は常磐線の北小金駅でした。私は2004年から2018年までの14年間「常磐線ユーザー」でした。

2018年 3 月からは日本基督教団昭島教会(東京都昭島市)の牧師になりましたが、単身赴任でした。家族は柴又に 3 年住みました。その後彼らは転居しましたが、柴又にいた頃は毎日のように金町駅を利用していました。

そういうわけで、私は常磐線の「金町」から「北小金」までの区間がとても懐かしいです。特に私の子どもたちにとっては、小中高大学時代をここで過ごした、まさに故郷(ふるさと)です。私にとっても、第二の故郷です。

ついでにいえば、私の父は群馬県前橋市の農家の 3 代目の次男ですが、松戸の千葉大学園芸学部に入学しましたので、父も学生時代(1950年代)にこのあたりをうろうろしていたと思います。

みなさんとお近づきになりたくて、詳しく申し上げています。よろしくお願いいたします。

今日の聖書箇所に記されているのは、イエスさまのたとえ話です。内容に入る前に、先回りして申し上げておきたいことがあります。

私は1965年11月生まれで、来月ちょうど60歳です。1990年 4 月から牧師(最初は伝道師)としての働きを始めましたので、35年目です。その中で、イエスさまのたとえ話についても繰り返し説教してきました。

すると、毎回必ずというわけではありませんが、イエスさまのたとえ話の説教をすると時々、「関口牧師の説教にはイエスさまが出てこない」と言われます。イエスさまのたとえ話の説教をしているのに「イエスさまが出てこない」と。

その方々がおっしゃることの意味は分かるのです。イエスさまのたとえ話があまりに厳しすぎて受け入れられないと思っておられるのです。

イエスさまがたとえ話を使って話されたのはオブラートに包んで厳しいことを伝えるためです。イエスさまのたとえ話が厳しいのは当たり前なのです。しかし、そのたとえ話に込められた意味を説明すると、厳しい教えを受け入れられない方々が「イエスさまが出てこない」とおっしゃるのです。

イエスさまは、このたとえ話の語り手としてしっかり登場しておられます。たとえ厳しい教えでも、イエスさまご自身がお話しになっていることですから、従うことが求められています。そのことをどうかご理解くださいますようお願いいたします。

このたとえ話はシンプルです。単純で分かりやすい話です。10人の女性が、それぞれともし火(ランプ、たいまつなど)を持って、男性たちを迎えに行くことになりました。

「10」という数字は、聖書においては特別な意味を持つことがあります。完全数を表わすケースがあります。たとえば、モーセの十戒の戒めの数の「10」です。ユダヤ人たちの脱出前にエジプトに起こった災いの数の「10」です。今日の箇所の女性の「10人」は「すべての人」を表わしている可能性が十分あります。それは、だれにでも当てはまる普遍的な教えとして語られている可能性です。

10人のうち半分の 5 人は「愚か」で、残りの半分の 5 人は「賢い」と言われています。「賢い」ほうの 5 人は「壺に油を入れて持っていた」( 4 節)が、「愚かな」ほうの 5 人は「油の用意をしていなかった」( 3 節)。

「ところが、花婿の来るのが遅れた」( 5 節)というのは、よくある話です。当時のパレスチナでは、花婿が遅刻するのは当たり前だったそうです。文化の一種です。

私たちは遅刻を許さない文化圏に属していると思います。しかし、私たちとは反対に、遅刻しないほうがおかしいとされる文化圏もあります。英国では15分ほど遅刻するのが当たり前で、約束通りの時刻や早めに行くと怒られるそうです。

そのようなことを先週10月15日(水)東京外国語大学の岡田昭人(おかだあきと)教授の講演で聴きました。異文化コミュニケーションの専門家です。『教養としての「異文化理解」』日本実業出版社、2025年)という本を最近出版なさった方です。私の前任地の昭島教会の方でもあり、親しくさせていただいています。

遅刻するのが当たり前という文化圏の中では、客人が遅刻してくることをあらかじめ想定したうえで、そのための準備をしていなかったことのほうが悪い、ということになるのだと思います。油の準備をしていた 5 人が「賢い」、準備していなかった 5 人が「愚か」と言われているのは、そういうことです。

待てど暮らせど客人たちは来ない。待っていた人たちはとうとう全員眠ってしまいました。客人がやっと到着したときは真夜中の真っ暗闇。「花婿だ。迎えに出なさい」( 6 節)という叫び声で飛び起きました。

油の用意があった「賢い」 5 人は、ともし火に油を足して、すぐ行動することができました。

油の用意をしていなかった「愚かな」 5 人は、消えそうなランプに不安を覚え、「賢い」 5 人から油を分けてもらいたがって「分けてあげるほどはありません。店に行って、自分の分を買って来なさい」( 9 節)と拒否され、油を買いに行っている間に花婿が到着し、「賢い」 5 人だけ婚姻の席に入り、「愚かな」 5 人はドアの内側に入れてもらえませんでした。

厳しい言葉です。しかし、イエスさまがおっしゃっていることは、私たちにできないことではありません。「愚かさ」は病気ではありません。変えることができない運命でもありません。完璧な準備は求められていません。準備するかしないかは、あなた次第です。

このたとえ話は「天の国は次のようにたとえられる」( 1 節)という言葉で始まっています。しかし、永遠の天国の話としてだけ受け取る必要はありません。もっと広い意味でとらえることができます。教会の中で起こることや、私たち一人一人の日常生活の中で起こることにも当てはめて考えることができます。

私たちは明日も分からぬ人生を送っています。教会も同じです。「神に委ねる」「お祈りする」は 100% 正しい態度です。しかし、まだできることがあります。それは「準備すること」です。

先々週10月 4 日(土)私が卒業した岡山の高校の京浜地区同窓会があり、高校の大先輩の東京大学名誉教授の地震予知の専門家、榎原雅治(えばらまさはる)教授の講演をうかがいました。「いつどこでどのように起こるというレベルでの地震予知は不可能だが、地震には周期性があるので、過去に起きた地震は必ず起こる」と教えていただきました。

教会も同じです。これからの教会がどうなっていくかは、だれにも分かりません。悲劇的な出来事すら起こらないとは限りません。しかし、何があっても耐えられるように、そして耐え抜いた先に、救いの時を共に祝うことができるように、備えることが大切です。

(2025年10月19日 日本基督教団金町教会 主日礼拝)

2025年10月12日日曜日

世にある教会 北村慈郎牧師

北村慈郎牧師(2025年10月12日 足立梅田教会)

説教「世にある教会」

出エジプト記19章 1 ~ 6 節、ヨハネによる福音書17章 6 ~19節

北村慈郎牧師

「あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました」(ヨハネ17章18節、口語訳)

今日は、礼拝後に「これからの教会と日本基督教団」という題でお話しすることになっていますので、この礼拝では、ヨハネによる福音書17章のイエスの「大祭司の祈り」と言われているところから、「教会とは何か」について、聖書の語りかけを聞きたいと思います。

ヨハネ福音書17章の「大祭司の祈り」と言われていますイエスの祈りは、大きく三つの部分に分けることができます。 1 ~  5 節(イエスの栄光のための祈り)、 6 ~19節(後に残される弟子たちのための祈り)、20~26節(全教会のため、教会一致のめための祈り)です。
 
今日の17章 6 ~19節は、大祭司イエスが、後に残される弟子たち(教会)のために祈られた執り成しの祈りであります。ここには、イエスとその弟子たちとの間の深い生命のつながりが言い表され、また残されて世にある弟子たち(教会)の生命がどこから来るのか、その使命がどこにあるのかが明らかに示されています。

このところは、教会が真にキリストの教会として、雄々しく主にあって立ち、生きることができるようにというイエスの祈りが、弟子たちのために心をこめてなされていて、大きな慰めと励ましを受ける箇所であります。
 
まず11節を読んでみますと、「わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。」(新共同訳)と、言われています。
 
この11節によって、なぜイエスが弟子たちのために祈られるのかが、示されていると思います。イエスは、ここで言っておられるように、今地上での働きを終えて、父なる神の御許に帰ろうとしておられます。しかし、彼にこれまで付き従って来た弟子たちは、彼のあとについて行くことができません。彼らは依然として、この地上に残らなければなりません。イエスは、そのことが弟子たちにとってはどういうことであるか、どういうことを意味するかということを、よく御存知です。
 
彼は15章19節で、やはり弟子たちについて「あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである」(新共同訳)。と言われました。これが、弟子たちがこれから生き続けなければならないこの世であります。弟子たちを憎む、そういうこの世に、イエスは弟子たちを残して行かなければなりません。それゆえにイエスは、彼らのために、父なる神に向かって、「聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい」と祈られるのです。
 
イエスは先ず「聖なる父よ」と呼びかけられます。すなわち、この世に打ち勝つ力と浄らかさを持ち給う父なる神に、彼は呼びかけ給います。そして、その神に対して、「わたしに賜わった御名によって彼らを守ってください」と祈られます。

しかし、ここに言われている「御名によって守る」とは、どういうことでしょうか。私たちの場合には、名前というものは、しばしば一種の符丁に過ぎません。一人の人間を他の人間から区別するための符丁のようなものに過ぎません。

しかし、聖書の人たちにとっては、「神の御名」というのは、決して単なる符丁ではありませんでした。それは、いわば神の本質そのものでありました。その一例は、17章 6 節ですが、そこでイエスが、「世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました」(新共同訳)と言っておられるのも、イエスが父なる神の本質を顕し給うたということ――神の御意志を顕し給うたということに他なりません。

11節でも、彼は、そのような神の本質である神の御名が、弟子たちを、この世において守って下さるようにと祈られます。これからの弟子たちのこの世での歩みにおいて、どうしても予想しなければならない世の憎しみや迫害、艱難や試練の中で、神の御名が彼らを守って下さるようにと、イエスは祈られるのです。
                        
このイエスの祈りには、イエスの弟子たち、すなわちキリスト者はどのような者なのかということが明確に示されています。それは、イエスの弟子たち(キリスト者)は世にありながら、しかし世のものではない、ということです。このイエスの祈りの中でそのことが繰り返し示されています( 6 ,  8 , 14, 16節)。
 
 6 節ではイエスの弟子たちは「世から選び出して(神が)わたしに与えてくださった人々」と言われていますから、イエスの弟子たちは世にありながら、しかし世のものではなく、イエス・キリストのものであるというのです。「わたしが世に属していないように、彼ら(弟子たち)も世に属していないのです」という言葉が、ここで二度くり返し語られています(14, 16節)。
 
イエスの弟子たち(キリスト者)は、イエスを信じ、イエスが宣教された神に国の福音を信じる者として、この世のことが全てであるかのように、目に見えるものに惑わされ、この世の動きに一喜一憂するような生活をすべきではありません。人からの誉れではなく、イエスとイエスの父なる神からの誉れをめざして生きることに徹するべきなのです。
 
そこで大祭司イエスの弟子たちのための祈りには、弟子たちが、世にありながら、しかし世のものとしてではなく、キリストのものとして生きることに徹するように、という期待と祈りがなされているのであります。
 
イエスはまた、15節でこのように祈っています。――「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです」(新共同訳)と。

イエスが祈られたことは、残された弟子たちが、この世を捨て去ることではなく、しかしまた、この世に対して憎しみをもって憎しみ返すことでもなく、この世にあって弟子たちが、悪しき者から守られ、悪より救い出されることでありました。

そのことは、イエスが弟子たちに祈りの範例として示された主の祈りの第 6 の祈りの内容でもあります。「我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」(マタイ 6 章13節)。

すなわち、この世を離れることではないが、しかしまたこの世に埋没し、この世にならって、キリストのものであることを見失うことのないように、味を失った塩(マタイ 5 章13節)となることのないように、という二重の期待が、この祈りの中にはこめられているのであります。
 
この世は私たちにとってしばしば、「死の陰の谷」(詩編23編 4 節)のように苦しく、生き難い世であります。「悪しき世」の力は大きく、喜びよりもむしろ苦しみの方が多いかも知れません。しかしイエスは弟子たちに、あくまでこの罪と悪の世にふみとどまって、そこでキリストのものとして生き抜くようにと祈られるのです。
 
リュティはこのように述べています。「キリストはその教団のために祈りたもうが、しかしそれは、彼らがこの世に留まり、そこで耐え抜くことである。彼らが悪い状況の中にあって、自ら悪くならぬこと、不正な環境の中にあって、自ら不正な者とならぬこと、偽りにみちた仕事の中にあって、自ら偽り者とならぬこと、誘惑に満ちた社会の中にあって眠らぬことである」(リュティ『我は初めなり、終わりなり』井上良雄訳、122~123頁)。
 
そのためにイエスはこのようにも祈ります。――「真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります(17節、口語訳)――。

聖別とは、一面においてこの世より選び別たれることではありますが、しかし聖別の祈りは同時に、より積極的な面を含んでいます。すなわち、教会のこの世における使命のための派遣の祈りとなるのです。

「あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました」(18節、口語訳)。聖別は派遣となり、つまり聖別は使命のための祈りとなるのであります。
 
私たちは何によって聖別されるのでしょうか。それは、真理によって、イエス・キリストの言葉によってであります。自分で自分を聖別することはできません。イエス・キリストの言葉を受け、それを真理として信じ、受け入れ、それに従うことにおいて、私たちは聖別されるのです。

聖別とは、きよめ別って、この罪の世から離れさせることではなく、むしろイエス・キリストの言葉をもってこの世の中へと一歩ふみ出すように働く力であります。

聖別は、世への派遣のための、使命のための選びです。イエス・キリストから罪の赦しを受ける時、私たちは同時に、イエス・キリストから世へとつかわされるための言葉を聞き、そのための祈りを受けるのです。
 
これらのイエスの祈りは、もちろん弟子たちのための祈りですが、しかし、この祈りは、私たちのための祈りとしても、聞くことができます。

イエスは私たちのためにも、このように祈り給うということを、知らなくてはならないと思います。イエスは、私たちのためにも、私たちが世にあって守られて歩み続けることができるようにと、祈り給います。

しかしそれだけではありません。イエスは単にそのような、いわば消極的なことだけでなく、もっと積極的なことについても、私たちのために祈り給うということを、知らなければならないと思います。すなわち、私たちが世と区別された者として――聖別された者として、世の前に示されるということ、そのためにも、イエスは祈り給います。
 
イエスの弟子たちは、大祭司イエスの聖別の祈りを受け、み言葉を持ち運ぶ使者として、この世に派遣されます。そこにキリスト者として生きる意味があります。この世より取り去られることでなく、この世にあって悪の力から守られて、「善をもって悪に勝つ」(ローマ21章21節)ことができるように祈られているのです。
 
キリストの派遣(使命)に生きるとは、どういうことでしょうか。それは有名になることではなく、大きくなることでもありません。勲章をもらったり、高い地位についたりすること、それらはすべてこの世からのものです。キリスト者は、小さくとも、この世を超えたもっと高いものを目ざし、高きにいます方を指し示す指となる、それが私たちの使命であり、願いでもあります(森野善右衛門)。
 
弟子たちのために祈られたイエスが、私たちのためにも祈って下さっていることを覚えたいと思います。そして「世にありながら、しかし世のものではない」キリストのものとして、私たちもイエスの言葉の真実を証言していくことができますように。 
 
主が私たち一人ひとりをそのように導いてくださいますように!

祈ります。

神さま、今日も礼拝に集うことができましたことを心から感謝いたします。

あなたは私たち全てにイエスを遣わし、イエスに倣って生きるようにと招いて下さっています。どうかそのあなたの招きに従って生きることができますように、私たち一人一人をお導き下さい。

そしてこの世にありながら、この世のものではなく、イエス・キリストのものとしてこの世を生き抜くことができますようにお導き下さい。

この世にあって様々な苦しみの中にあります方々を支え導いてくださいますように。また、高ぶる人間の高慢を打ち砕いてください。あなたの平和と和解によって世界を包んでください。

この祈りをイエスさまのお名前によってお捧げいたします。 アーメン

(2025年10月12日 日本基督教団足立梅田教会 特別礼拝)