2024年6月30日日曜日

いのちの重さ

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)

説教「いのちの重さ」

使徒言行録9章36~43節

関口 康

「やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた」(39節)

今日の朗読箇所は、使徒言行録9章36節から43節までです。今日の箇所の内容に入る前に、大前提の話をします。それは、使徒言行録が描く教会の歩みの「主役」はだれかと言う問題です。

「教会史の主役はイエス・キリストです」と言って済まされることがあります。反論しにくいです。しかし、そればかり言われると、弟子たちはまるで操り人形です。暴力性を帯び始めます。

現実の教会は多くの方々の献身的奉仕によって築かれたものです。ひとの働きの評価の問題を言いたいのではありません。事実として存在するひとが無視されてはならないと申しています。

使徒言行録の主役は複数います。1章から5章まではペトロ。6章から7章まではステファノ。8章はフィリポ。9章前半(1~31節)はサウロを名乗っていた頃のパウロ。9章の後半(32節)から12章までは再びペトロ。13章から28章までは回心後のパウロです。

「サウロ」はヘブライ語。イスラエル王国初代国王の名前。キリスト教への改宗後、国際的に通用するギリシア語名「パウロ」を名乗り、異邦人伝道に出かけました。

使徒言行録の「主役」は、ペトロ、ステファノ、フィリポ、パウロの4人です。この4人を2つのグループに分けることができます。ペトロとパウロは「使徒」です。現代の教会組織の中で最も近いのは「牧師/説教者」です。ステファノとフィリポは「奉仕者」です。現代で最も近いのは「役員」です。

「牧師/説教者」と「役員」を差別したいのではありません。「使徒/説教者」だけが主役ではなく、「奉仕者」が十分な意味で主役であることが、西暦1世紀においてすでに認められていたことをご紹介したいのです。

教会の歴史における最初の殉教者ステファノは「使徒」ではなく「奉仕者」でした。殉教を美化する意図はありませんが、文字通り命がけで信仰を守り、結果として死に至りました。

フィリポも大活躍しました。「外へ外へと信仰を広める働き」をした人です。フィリポはユダヤ人が忌み嫌ったサマリア人に伝道した人です。またエチオピアの女王の高官に伝道して、洗礼まで授けました。

現代のエチオピアは、人口の6割以上がキリスト者です。そのことと聖書の記述をダイレクトに結ぶのは難しいかもしれません。しかし、少なくとも最初の種をフィリポが蒔いたことが、聖書に記されているという事実が重要です。

12人の使徒以外に、ステファノとフィリポを含む7人の奉仕者が選ばれることになった経緯は、6章1~7節に記されています。西暦1世紀の教会の大切な活動として、生活困窮者を助ける働きがありました。しかし、日々の分配の問題で教会の中に紛争が起こりました。しかし、使徒たちには説教の準備があるので、分配担当の7人の奉仕者を選ぶことにしました。

しかし、これは本当に誤解されやすいので、よくよく気を付けなければなりません。使徒たちは、「説教の準備」と「生活困窮者への支援」とを天秤にかけて、前者は後者より重要なので、重要度の低い後者にはかかわりたくないと言ったわけではありません。

使徒たちの意図は、”説教”と”福祉的な働き”は、教会の中でクルマの両輪の関係にあるので、後者を決して失ってはならないという決意として、奉仕者を選ばなければならないと考えた、ということです。軽んじる意味ではなく重んじる意味だったことを、ぜひご了解いただきたいです。ここで「愛恵学園」が思い起こされて然るべきです。

今日の箇所の話をする時間が少なくなりました。今日の箇所の「主役」はペトロです。しかし、主役だけでドラマは成立しません。主役ではないけれども、きわめて重要な役割を果たす人物がいて初めてドラマ全体が輝きます。

「きわめて重要な」登場人物は、ヤッファという町にいた「タビタ(アラム語名)/ドルカス(ギリシア語名)/どちらの意味も“かもしか”」という女性です。もうひとり、直前の段落の、リダという町にいた「アイネア」という男性も重要です。

ヤッファとリダとエマオとエルサレムの関係は、巻末の聖書地図で分かります。ヤッファは、今のテルアビブ。地中海に面した港町。エルサレムからヤッファまでの直線上にリダがあります。エマオは少し南。ガザはヤッファよりずっと南です。

リダのアイネアは「中風で8年前から床についていた」(33節)。その人にペトロが「イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい」と言うと、すぐ起き上がったというのです。

アイネアがキリスト者だったかどうかは分かりません。しかし、次に登場するタビタが「婦人の弟子」と呼ばれているのに対し、アイネアはそう呼ばれていないので、アイネアはキリスト者でなかった可能性があると考える人がいます。そのほうが意義深いと私は感じます。

しかも、この「イエス・キリストがいやしてくださる」というペトロの言葉は「言葉遊び」、要は「だじゃれ」である可能性があります。

「イエスがいやす」は、ギリシア語で「イアタイ・イエスース」(ιαται [σε] Ιησους)。これが「ギリシア人の耳には同じ語源に聞こえた可能性は十分ある」というのです(※注)。

(※注 F. F. ブルース『使徒行伝』聖書図書刊行会、1958年、230頁。このブルース(Prof. Frederic Fyvie Bruce [1910-1990])の見解をオランダの権威ある註解書『新約聖書の説教』(De prediking van het Nieue Testament (PTN))の「使徒言行録」の著者、アムステルダム大学のリンディエ教授(prof. dr. Cord Hendrik Lindijer [1917-2008])が支持しています)。

日本語でもだじゃれが成立しそうです。「いえすが、いやす」。しかしこの場面でペトロが冗談を言ったと考えるのは、さすがに無理があるでしょう。私まで不謹慎なことを言っているような気持ちになります。

しかし、先ほど申し上げた「アイネアがキリスト者でなかったかもしれないという可能性」との関係を考えるとどうでしょうか。信仰を持っていない相手に信仰を強いるような言い方をペトロが“しなかった”と考えることができるとしたら。「神を信じなさい」ではなく、ユーモアをこめた言葉遊びを用いてペトロが語ったと考えることができるとしたら。

そして、最も大事な点は35節に記されています。「リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った」。

「ペトロを見て」でなく「アイネアを見て」であることが重要です。「アイネアは“主を信じたから”いやされた」と記されていないことも重要です。アイネアが立ち上がることは絶対にありえないと、そちら側のほうに確信を持っていた人たちの、その確信が崩されたことが重要です。それをアイネアが実現したのです。アイネアは偉い人です。

ヤッファのタビタ(ドルカス)も偉い人です。「婦人の弟子」と明記されているとおりキリスト者でした。「たくさんの善い行いや施しをしていた」とあります。ヤッファの教会の福祉的な働きを中心的に支えたひとりでした。教会のみんなから慕われ、尊敬されていたことが伺えます。

そのタビタが病気で亡くなりました。タビタの体をきれいに洗い、みんなで2階に運んで安置しました。隣町のリダにペトロがいることが分かったので、ヤッファまで来てもらって葬式をしました。すると、教会で命拾いしたやもめ(widow、寡婦、未亡人、「屋守女」説)たちが、タビタが自分たちのために作ってくれた下着や上着をペトロに見せたというのです。

このときの様子を想像すると、私は胸が苦しくなります。「下着」にすら困るという追い詰められた状況の中にいた女の子たちを見かねたタビタが、得意の裁縫で下着や上着を作ってくれた。それをみんな思い出して泣いていたというのです。

そのタビタをペトロがよみがえらせたことが記されています。復活を信じることは、現代人には難しいです。ギリギリの線で考えることを許していただけないでしょうか。

ペトロは葬式で「タビタは生きている」と説教し、そのようにみんなが信じたのです。

「教会に来ると、生活に行き詰まって苦しかった頃の私を親身になって助けてくださったあの人を思い出す」という方がおられないでしょうか。「私のいのちの恩人」が教会の中にいた。教会に来るたびにその人を思い出す。それもまた、ひとつの復活ではないでしょうか。

ペトロとパウロ(牧師/説教者)だけで、教会は成立しません。ステファノとフィリポ(役員)だけでも成立しません。アイネアとタビタ(共に生きる仲間)が必要です。3者が協力するとき「いのちの重さ」を実感できます。

(2024年6月30日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

2024年6月27日木曜日

伊豆大島の教会を訪問しました

日本基督教団大島元村教会

日本基督教団波浮教会

大島の海は美しかったです

関口 康

あくまで個人的な動きですが、今月2024年6月3日(月)4日(火)5日(水)の2泊3日、伊豆大島行きのジェット船で、日本基督教団大島元村教会と波浮教会を兼任されている菅野勝之牧師、菅野百合子牧師をお訪ねしました。

宿泊先は、大島元村教会から徒歩10分の「ペンションすばる」でした。

2日目は本町港近くの「レンタサイクルらんぶる」で借りた110ccのスクーターで大島をひとりで一周し、港や浜辺を眺め、三原山の登山口や裏砂漠に行きました。

どなたにも迷惑をかけないように心がけました。

しかし、結局3日間、菅野先生にお世話になりました。初日も最終日も本町港まで送り迎えしてくださり、観光名所や美味しい食堂に連れて行っていただきました。ありがとうございます!

菅野先生と私は東京神学大学の同級生ですが、30年以上お会いできていませんでした。

久々の再会は、私が足立梅田教会に今年2024年3月1日(金)に着任した直後の3月12日(火)に富士見町教会で開催された東京教区東支区総会でした。

まるで昨日まで一緒にいたかのように、目と目で通じ合う関係でした。

菅野先生との再会を機に、互いに励まし合うことの大切さを思い知りました。

風の便りだけでなく、電話やメールやSNSだけでなく、直接お会いして励まし合うことの大切さを。

東京教区東支区の「伊豆諸島伝道委員会」が「離島教会交流活動」の呼びかけを開始したことを上記の今年3月12日の東支区総会で知りました。

「さあみんなで島の教会へ行こう」と呼びかけるポスターが東支区の各教会に配布されました。「助成金」も出るそうです。

ぜひ多くの方が伊豆諸島の諸教会を訪問なさって、善き交流がなされますように、心からお祈りいたします。

「さあ みんなで島の教会へ行こう」

(2024年3月1日より当教会牧師、2024年6月27日記す)

2024年6月23日日曜日

広く大きな救い

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「広く大きな救い」

エフェソの信徒への手紙2章11~22節

関口 康

「〔キリストは〕二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(14-15節)

先週日曜日の午後に東武線とつくばエクスプレスを乗り継いで浅草教会に行きました。私以外に足立梅田教会から3名の方。教会に落語家を招いて寄席をするという。わたしたちはいちばん前に座りました。

もうひとかた、足立梅田教会の元会員の方がお見えになりました。その5人で寄席の帰りに浅草で作戦会議。楽しく過ごしました。

落語家さんは、牧師館に戻ってネットで調べたら、1953年6月、群馬の前橋生まれ、71歳。私の父も前橋生まれなので親近感がわきました。私の血の半分は群馬産です。

落語そのものは「面白くないことはない」ぐらいでしたが、「第2部」だという余興で始めたのが「懐かしのスーパーヒーローに早変わり」という演目。何を始めるのかと思えば、重ね着した服を一枚ずつ脱いでいく。最初が星飛雄馬、次がエイトマン、最後が月光仮面。

落語の内容は、あとで調べたら「鮫講釈(さめこうしゃく)」という演題の古典落語。

伊勢神宮(現在の三重県)に全国から人が集まってお参りする。熱田(現在の名古屋)から伊勢まで行く渡し船が、桑名の沖で多くの鮫に囲まれて動かなくなった。

船の中にひとりの講釈師がいた。その講釈師が「今生の名残に一席やらせてほしい」と涙ながらに訴えた。最期だからいろんな講話をいっぺんにしたいと「五目講釈」をすると言い出す。赤穂浪士の大石内蔵助と、大岡越前と、牛若丸(源義経)と、武蔵坊弁慶が同時に出てくる、筋書きがめちゃくちゃな話を、扇子を船べり(落語では膝)にバタバタ叩きつけて話す。

すると鮫が逃げて行った。海の中で鮫同士が会話する。「なぜ講釈師ごときが怖くて逃げたのか」と尋ねる鮫がいた。「講釈師だったのか。船べりをあんまりバタバタ叩くので、かまぼこ屋かと思った」で終わる。

鮫はかまぼこの原料。かまぼこ屋が怖い。若い人たちは分からないオチかもしれません。

先週の報告のつもりでお話ししています。とにかく思ったのは、わたしたちも浅草教会さんを見習って、落語家を教会にお招きするようなことを本格的にしなくてはならないかもしれないなということです。

落語家さんがたも特にコロナ後たいへんなのだそうで。かなり自虐的に「週休5日制です」とか、「かつては北は北海道、南は沖縄で仕事をさせていただいたものですが、今では、北は北千住、南は南千住です」とおっしゃっていました。「仕事ください」と携帯電話の番号までみんなに教えてくださいました。そういう必死なところも見習わなくてはと思いました。

落語家を教会に招いて寄席を開く浅草教会さんに見習う。当然です。でも、それだけではない。プライドを捨てて「仕事ください」と言い出し、星飛雄馬にもエイトマンにも月光仮面にも変身する落語家さんにも見習う。そうでなくてはいけないなと思わされました。

今日の聖書のお話もしっかりしますので、ご安心ください。「だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり」(11節)と記されています。

聖書はユダヤ人でない人のことを「異邦人」と呼びます。ユダヤ人かどうかの外見上のしるしは、割礼を受けているかどうかでした。割礼とは、要するに包茎手術です。そんなことを真顔で求められるのがユダヤ教だというわけです。

これもおかしな話で、女性に割礼は求められません。女性である時点でユダヤ人男性からは異邦人を見る目で見られるかもしれません。逆に、割礼を受ければ元異邦人でもユダヤ人になれる。その場合のユダヤ人はユダヤ教団の信徒を意味します。

なので、割礼を受けていない男性、割礼を受けるも受けないも関係ない女性は、神から遠いとみなされました。「しかし、あなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです」(13節)の中で「遠い」とか「近い」とか言われているのは、神との関係です。

「体の一部を切り取る手術を受けた者は神に近づくことができるが、その手術を受けない者は神から遠いままである」というような言い方をすれば、ずいぶんとおかしな話だと多くの現代人が気づくでしょう。「指を詰める」という話と大差ありません。

私はユダヤ教徒を差別するつもりはありません。ヒトラーがしたことです。しかし、彼らの教えに問題が無いとは思いません。もし問題が無いのであれば、わたしたちも割礼を受けないかぎり神に近づくことはできません。女性は割礼を受けることができないわけですが。

エフェソの信徒への手紙を使徒パウロの真筆であることを認めない聖書学者が増えています。私が東京神学大学の神学生だった頃の新約聖書の教授の竹森眞佐一教授が講義の中でその問題を取り上げておっしゃった言葉を忘れられません。

「エペソ書の思想は、他のパウロ書簡と似ているということを否定する学者はいないんですよ。似てるんでしょ?だったら『パウロが書いた』でいいんですよ」とおっしゃいました。私もその線で「パウロが書いた」と言います。

パウロは異邦人伝道を生涯の仕事にした人です。そのパウロが今日の箇所に書いているのは、「我々は神に近い」とか「あの人たちは神から遠い」とか言って、結局のところ、人を宗教的に見下げるようなことをする人間の愚かさをご存じの神が、愛する独り子イエス・キリストを世に遣わしてくださり、イエスさまは十字架の上で血を流して死んでくださった、そのおかげで教会内で対立していた人々を、神が和解させたという話です。

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました」(14~15節)。

これはユダヤ教団とキリスト教会の対立の話ではなく、キリスト教会内部の話です。元ユダヤ教徒で割礼を受けた後キリスト教の洗礼を受けた人たちと、元異教徒で割礼を受けたことがないままでキリスト教の洗礼を受けた人たちとで、神からの距離に差があるという議論が教会内部で起こったので、パウロはそんな愚かな話はないと、口を酸っぱくして言い続けたのです。

しかし、今の日本の教会で、割礼を受けるべきかどうかという議論が起こることはまず無いし、少なくとも私は寡聞にして知りません。なので、もう少し別の文脈で考えないと今日の聖書箇所の意味が私たちには理解できません。

キリスト教も戒律ずくめの形で教え込まれる可能性があります。学校を悪く言うつもりはありません。しかし、学校式の教え方にはどうしても命令の要素が加わります。遅刻してはいけない、おしゃべりしてはいけない、居眠りしてはいけない、無断欠席はいけない。ルールを守れないと減点。罰則主義。

熱心な信徒が自分の子どもに信仰を伝えるときも、命令的になりがちです。私も子どもたちにはずいぶん命令しました。自分は命令されるのが誰よりも嫌いなのに。

子どもたちは反発します。おとなだって反発します。命令を正当化する宗教があるなら、その宗教の神に敵意を抱く。反逆する。必然的な帰結です。しかし、その敵意を罰するのではなく、神の御子の肉体で受け止め、抱きしめ、敵意を無効化して愛するためのキリストの十字架なのだとパウロは言います。何とも言えない気持ちにさせられます。

神の救いは広くて大きいのです。教会が「伝道しましょう、多くの人に教会に来て欲しいです」と言いながらやたら高い壁を作って、これを乗り越えることができた人だけ仲間に入れてあげると言っているかのようなのは矛盾です。

「こうでなければキリスト者でない、こうでなければ教会でない」と、決めごとが多くないほうがいいです。なるべく自由でありたい。

壁をぶっ壊そうではありませんか。牧師が月光仮面になってバイクで駆け回るぐらいで、ちょうどいいのです。

(2024年6月23日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)

2024年6月16日日曜日

天の国籍

日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9)


説教「天の国籍」

ヘブライ人への手紙12章18~29節

関口 康

「わたしたちは揺り動かされることのない御国を受けているのですから、感謝しよう」(28節)

今日の説教題「天の国籍」は、直接的にはフィリピの信徒への手紙3章20節にある「しかし、わたしたちの本国は天にあります」(口語訳「わたしたちの国籍は天にある」)と結びつきます。私の知るかぎり「わたしたちの国籍は天にある」は、しばしば厭世(えんせい)的な意味で理解され、使用されてきました。だからこそ、この言葉は使い方に気を付ける必要があります。

「厭世的」とはこの世界が嫌なものであり、わたしたちの人生は価値なきものであると感じることを意味します。「わたしたちの国籍は天にある」のだから、という理由で、自分の人生を早く終わらせたい、一日も長く生きていたくないという思いを呼び起こし、希死念慮を助長する言葉に事実上なってきました。

いま申し上げたのと同じ趣旨で、「偽りの世に別れを告げ、罪と汚れを打ち退け、ただひたすらに我は慕う、永遠(とわ)に変わらぬあまつ国を」という讃美歌(334番)も、受け止め方次第で危険な歌になります。

しかし、「わたしたちの国籍は天にある」という言葉には続きがあります。「そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています」(口語訳「そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる」)。天から地上へと戻る矢印(ベクトル)が表現されています。

先週ある方から、使徒信条でイエス・キリストが「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり」とある中の「神の右」が「我々から見て右」だとしたら「神の左」になるでしょうかとご質問をいただきました。

調べてみました。「神は右手を持ってはおられないし、神には右側さえありません」(A. ファン・リューラー『キリスト者は何を信じているか 昨日・今日・明日の使徒信条』近藤勝彦・相賀昇訳、教文館、2000年、220ページ)という身も蓋もない説明しか見当たりませんでした。

とはいえ、これは旧約聖書的背景を持つ言葉だと思われますので、おそらく右手です。族長や祭司や王が権限の継承をする際の油注ぎや按手は右手で行われました。つまり、わたしたちから見た左側が「神の右」。あくまでたとえです。神と等しいお立場であることを意味するだけです。

しかし、使徒信条にも続きがあります。「かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とをさばきたまわん」。これも天国から地上へと戻る矢印(ベクトル)です。主イエスは天国の神の右の座にどっかり座りこんでふんぞり返っておられません。もう一度、何度でも、わたしたちへと、人と世界へと近づいてくださる方です。じっとしているのではなく、動き回る方です。

わたしたちも、天国でおやすみなさいで終わるのではなく、もう一度地上に戻って来る、元通りの世界に戻る、というのが、キリスト教的な意味での「復活」のイメージです。

復活の説明も難しいです。「さんざん苦労させられて、また人生やり直しですか、もう勘弁してください。復活はごめんです」と言われることが実際にあります。

天国のイメージの問題です。福祉関係者にはきっとご理解いただけるはずです。高齢の方々が最も安心できる場所は「これまでどおり」です。これまでとは違う別世界に移されると、不安になります。聖書の「天国」は、人っ子ひとりいない、真空で透明で冷たいところではありません。そこにひとがいるし、長く親しんだ家や街があるし、色もある、カラフルな世界がそこにある、というのが聖書の「天国」のイメージです。

今日開いていただいたのはヘブライ人への手紙です。難解な書物です。著者の思考回路を理解するのが特に難しい。それと、「手紙」といいましたが、差出人も受取人も記載されていないので手紙ではありません。手紙というよりは説教の性格を持っていると考えられています。

著者の居場所を予想するための情報は、13章24節の「イタリア出身の人たちが、あなたがたによろしくと言っています」だけです。著者がイタリアおそらくローマにいて、この地域外の教会に書き送っている可能性があります。しかし、逆もありえます。著者がイタリアではないところから彼の出身国の教会へ「イタリア出身の人たちからよろしく」と書いているかもしれません。

「手紙ではない」と言いながら、便宜的に「手紙」と呼ばせていただきます。この手紙の送り先の教会は、創設後すぐ迫害を受けました。10章32節以下の「あなたがたは、光に照らされた後、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してください」から始まる箇所に、この教会の初期の苦労が描かれています。「あざけられ、苦しめられて、見せ物にされたこともあり」(33節)。「財産を奪われた」(34節)。

この教会が苦しんだ創設期については、2章3節に「この救いは、主が最初に語られ、それを聞いた人々によってわたしたちに確かなものとして示され」とあることから、まずイエスが語り、それをイエスの弟子たちが伝え、さらに著者の世代を通じて、読者の世代へと伝えられたことが分かります。これはイエスからこの教会までの間に「2世代」があったことを意味します。

この手紙の執筆目的は 6章1~2節に記されています。「基本的なことを学び直すようなことはせず、キリストの教えの初歩を離れて、成熟を目指して歩みましょう」。

「成熟」の意味は大人になることです。勉強したことを知識で終わらせず、教えに基づいて生きているかどうか、つまり、知識よりも実践が大切であることが強調されています。

「一度光に照らされ、天からの賜物を味わい、聖霊にあずかるようになり、神の素晴らしい言葉と来たるべき世の力とを体験しながら、その後に堕落した者の場合には、再び悔い改めに立ち帰らせることはできません」(6章6節)と、恐ろしいことが書かれています。

一度救われた人が堕落したら二度と救われない、という意味です。これは原理原則にしないほうがいいと思います。「わたしたちは何度でも救われる。何度でも悔い改めができる」と言うほうがいいと思います。しかし、ここに書いてあることにも独特のリアリティがあります。

この手紙の送り先の教会は、パレスティナではない地域のユダヤ教の教会にいったん参加した後に、キリスト教の説教に触れるようになった元異教徒で構成されていました。彼らはユダヤ教的に解釈された旧約聖書の知識を持っていました。

著者が最初から最後まで読者に訴えているのは、ユダヤ教的に解釈された旧約聖書の教えよりも、キリスト教のほうが「より良いもの」であり、「より優れているもの」である、ということです。

このような語り方には注意が必要です。自分たちの優位性を示すために他をおとしめるような話し方になってしまうからです。しかし、ケースによってはこのような語り方が必要になることもあります。今までいた教会(他宗教含む)に疑問を感じたり傷ついたりした人々に対して二度と元に戻らないように説得することが必要な場合があります。

今日の箇所で著者は、シナイ山とシオン山の比較を始めます(22節)。シナイという名前や山という言葉さえも言及していませんが、それが分かるように記されています。ユダヤ人にとって、シナイ山は文字通りの恐怖の場でした。モーセも例外ではありません。戒律ずくめの宗教は恐怖の場です。

しかし、あなたがたは「シオンの山」に近づいたと言われています。「シナイ」がモーセが律法をいただいた山であるのに対し、「シオン」はエルサレム神殿が建てられた山です。そして、この手紙の著者にとって「シオン」は、大祭司イエス・キリストがおられる場です。

今日の聖書箇所の趣旨は、ユダヤ教とキリスト教の対比であり、ユダヤ教をやめてキリスト教に入信した人たちを説得する言葉です。戒律ずくめの宗教で人は救われない。イエス・キリストへの信仰のみで救われる宗教にこそ救いがあることを教えようとしています。

(2024年6月16日 日本基督教団足立梅田教会 聖日礼拝)