2026年11月3日火曜日

天国の色

足立梅田教会墓地(埼玉県越生町 地産霊園内)

墓前礼拝の様子


説教 「天国の色」

ヨハネの黙示録22章 1 ~ 5 節

関口 康

「天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように光り輝く命の水の川を私に見せた。川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸に命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実を実らせる。その木の葉は諸国の民の病を癒やす。もはや呪われるべきものは何ひとつない。神と小羊の玉座が都にあって、神の僕たちは神を礼拝し、御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。もはや夜はなく、灯の光も太陽の光も要らない。神である主が僕たちを照らすからである。そして、彼らは世々限りなく支配する」

今年も墓前礼拝を行うことができますことを感謝いたします。

越生(おごせ)は教会から遠いです。この距離感が、毎年の墓前礼拝が特別な行事であることを印象付けています。

白状します。私は教会 3 階の牧師館に住まわせていただいていますので、2 階の礼拝堂までの「通勤時間」が30秒です。忘れ物があってもすぐに戻れるので、準備がずさんになりがちです。

越生に来る日はそうは行きません。忘れ物はないか、天気は大丈夫か、カーシェアの予約はどうかと何度も確認する必要があります。

と言っているうちに大失敗しました。日曜日にバイクを店に預けたときに気づくべきでした。ETCカードをバイクに入れっぱなしで預けてしまいました。役員さんがなんとかしてくださり、事なきを得ました。便利になったのか不便になったのかは分かりません。

ヨハネの黙示録22章 1 節以下に記されているのは、「天国」の視覚化されたイメージです。

約2000年前のキリスト者が書きました。おそらくユダヤ人です。

著者は21世紀を知りませんし、東京に来たこともありません。しかし、今回読み直して感じたのは「今の東京のようだ」ということです。

「水晶のように光り輝く命の水の川」( 1 節)は荒川です。水道の水が抜群に美味しいです。

「年に十二回実を結び、毎月実を実らせる命の木」( 1 節)。年に12回どころか、一年365日、24時間、コンビニが開いていて、いつでもおいしいものを食べることができます。

「その木の葉は諸国民の病を癒やす」( 2 節)。コンビニに行けば胃薬だろうとドリンク剤だろうといつでも手に入ります。

「もはや夜はなく、灯の光も太陽の光も要らない」( 5 節)。コンビニには、真夜中だろうと関係なく、煌々と照明が輝いています。

今の東京は、まるで「天国」です。

本当にそうでしょうか。「そうではない」と感じる方もおられるのではないでしょうか。

この説教に「天国の色」という題をつけたのは、聖書が描く「天国」は無色透明な真空ではないし、砂漠でもないことをお話ししたかったからです。

「天国」は、いま私たちが生きているこの世界と同じように、色鮮やかです。恐ろしいところに連れていかれるわけではないので、どうぞご安心ください。

「天国」のもうひとつの要素は、そこで「神の僕たち」が「神を礼拝し、御顔を仰ぎ見る」ことです( 3 ~ 4 節)。

天国の礼拝と、教会の礼拝は、本質的に同じです。

教会にまだおいでになったことが無い方は、ぜひ見学に来てください。

私がいま申し上げていることが事実かどうかを、ぜひ確かめに来てください。

(2026年11月 3 日 日本基督教団足立梅田教会 墓前礼拝 埼玉県越生町)