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| 日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田 5-28-9) |
説教「人生の目標を定める」
ローマの信徒への手紙15章14~21節
関口 康
「このように、キリストの名がまだ唱えられていない所で福音を告げ知らせようと、私は熱心に努めてきました」(20節)
昨夜、当教会の第 2 代牧師(1969年 4 月から1974年 3 月までご在任)の北村慈郎牧師のご長女から、お父上が一昨日10月30日(金)に永眠なさったと、お知らせをいただきました。
今年 6 月から闘病されていたことは伺っていましたが、本当に残念です。
今日は永眠者記念礼拝です。ご遺族に深い慰めがありますよう、心からお祈りいたします。
北村先生の告別式は今週11月 7 日(土)12時半より日本基督教団紅葉坂教会で行われます。私は参列いたします。
今日は、私がこの教会の牧師にならせていただいて 3 回目の永眠者記念礼拝です。
永眠者名簿には54名の名前が記されています。教会墓地に埋葬されている17名を含みます。昨日に今日なので役員会の承認をまだ得られていませんが、私個人としては、北村慈郎先生のお名前を私たちの永眠者名簿に記させていただきたいと願っています。
永眠者記念礼拝で取り上げる聖書の箇所が、今年 2 月から連続講解を続けてきたローマの信徒への手紙のままでよいかどうかは考えました。しかし、改めて読んで、むしろこの箇所こそ永眠者記念礼拝にふさわしいことが分かりましたので、そのようにさせていただきました。
この箇所は、非常に長大なこの手紙のほとんど最後と言える位置にあります。そこにパウロが記している言葉の中に少なくとも一つ、間違いなく含まれている思いは、一度二度読むだけでは見抜くのが難しいレベルの「反省」または「謝罪」です。
「きょうだいたち、あなたがた自身は善意に溢れ、あらゆる知識で満たされ、互いに相手を戒め合うことができると、この私は確信しています。記憶を新たにしてもらおうと、この手紙ではところどころかなり思い切って書きました」(11節)と記しています。
考えてみるとおかしな話です。パウロはローマの信徒にまだ一度も会ったことがありません。「何度もそちらに行こうとしましたが、今まで妨げられているのです」( 1 章13節)と記しています。直接対面したいのに叶わない。だからこそ手紙を送っています。
それなのに今日の箇所のパウロは、まるでローマの信徒たちのことをありありと知っているかのようです。あなたがたは「善意」と「知識」があり、「戒め合い」ができる成熟した人々だと、お世辞でも言っているかのように持ち上げています。
そのように言ったうえで「この手紙ではところどころかなり思い切って書きました」(11節)と続くのは、パウロとしてはまだ一度も対面していない相手に対して言い過ぎてしまったと反省し、謝罪する思いがあったからです。「言い過ぎてごめんなさい」と。
厳しい言い方ですが、書いた後で「反省」するぐらいなら、最初から書かなければよいではないかと思わなくはありません。そこはパウロは譲れない人です。「それは」と釈明を始めます。
「それは、私が神から恵みをいただいて、異邦人のために祭司の役を務めているからです。そして、それは異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、御心に適う供え物となるためにほかなりません」(16b~17節)。
急に難しい話になっているのは煙に巻くためではありません。そうではなくパウロのユダヤ人としての自覚が現れています。要するに自分は「祭司」なのだと言っています。
祭司の役目は、動物や穀物を人間の罪の身代わりの犠牲として神に献げることで、人間の罪に対する神の怒りをなだめることです。パウロが述べていることが、異邦人に犠牲の供え物になってもらうという意味なので、「なんて恐ろしいことを」と誤解されかねません。
しかし、これはあくまで比喩です。たとえです。人を火にくべる話ではありません。12章 1 節の有名な「自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい」の「いけにえ」も比喩です。同じ意味の「いけにえ」という言葉を、パウロは今日の箇所にも書いています。
これらの比喩表現でパウロが何をしようとしているのかといえば、会堂(シナゴーグ)や神殿の中で数世紀にわたって行われてきたユダヤ人の伝統的な礼拝で使われる用語を日常生活の場面に当てはめることによって、あの建物の中で起こっていることと、日常生活の中で起こっていることは本質的に同じなのだということを理解してもらおうとしています。
あと少し、今日の箇所の説明をして、永眠者記念礼拝にふさわしい内容で締めくくります。
「そこで私は、神のために働くことを、キリスト・イエスにあって誇りに思っています。私は、キリストが私を通して働かれたこと以外は、何も話そうとは思いません」(17~18節)とパウロが続けています。
これは、自分の人生に対しては「反省」はないと言っています。福音を宣べ伝える伝道者になったことを後悔しているとか、自分の言いたかったことが伝わらなかった、理解してもらえなかった、と落胆しているとか、そのようなネガティヴな思いは全くありませんと。
パウロは60歳代で亡くなったと考えられています。ちょうど今の私ぐらいです。30年や40年牧師を続けた人から「私は牧師になったことを後悔しています」と言われると、困る人たちはいるでしょう。「これまで自分たちが聞かされて来たことは一体何だったのか」と。
しかし、その一方で「キリストが私を通して働かれたこと以外は何も話そうとは思わない」とパウロは言います。私は自己主張しているつもりはない。自分の哲学、自分の理論、自分が書いた本の宣伝をしているわけではない。イエス・キリストから託された任務を遂行しているだけなのだと。
しかも、パウロは、「あなたがたのところを通ってイスパニアに行くつもりです」( 28 節)とまで記しています。イスパニアは今のスペインです。これはどう読んでも「私にとってローマは次のスペイン伝道までの通過点に過ぎません」という意味しかありません。
こういう牧師どうですか、「今の教会は私の通過点です」と言い出す牧師。「今の教会はあなたの腰かけだと言いたいのですか」と言いたくなるでしょう。
パウロはこれを、意図的に述べています。彼の意図は、私にははっきり分かります。教会は私の所有物ではないし、私は教会の支配者ではないし、そういう者になりたくないと言っています。教会はイエス・キリストのものであって、他のだれのものでもない。私はいつか必ず去る人間であると言っています。
これは牧師だけの話ではないと思っています。パウロにとっての人生の目標は「キリストの名がまだ唱えられていない所で福音を告げ知らせること」(20節)でした。
これこそが、すべてのキリスト者が背負うべき課題です。「所」だけの問題ではありません。むしろ「所」よりも大切なのは「人」です。「キリストの名をまだ唱えたことのない人に福音を告げ知らせること」がすべてのキリスト者の人生の目標です。
「私には無理です」と言わないでください。「そういうことを考えたことがない」と思われた方は、いま考えてください。いま決心してください。
しかし、いま私が申し上げているのは、聖書の話ができるようになることを意味していません。牧師になるべきだという意味ではありません。
そうではなく、「キリストの名をまだ唱えたことのない人」に対して教会が設けてきたハードルを下げることです。「これこれのことができない人には、教会に来る資格がありません」というようなバリアがもしあれば、それを捨てることです。
パウロが「割礼を受ける必要はない」「律法を守る必要はない」と訴えたのも、異邦人に対して教会のハードルを下げること、それだけが目的でした。
藤村靖一先生や北村慈郎先生が、でたらめな、いいかげんな人だったでしょうか。それはありえない。北村先生が日本基督教団の教師を免職されることになったのも、教会のハードルを下げて多くの人に福音に接してもらい、真の自由を味わってもらいたいと訴えたかっただけではないでしょうか。
だからこそ、今、こんなに温かくて優しい教会が、ここにあるのではないでしょうか。
(2026年11月 1 日 日本基督教団足立梅田教会 永眠者記念礼拝)
