説教「神は愛する」
ローマの信徒への手紙1章1~7節
関口 康
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| 日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9) |
説教「聖なる生活とは」
テサロニケの信徒への手紙一 4 章 1 ~ 8 節
関口 康
「実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです」( 3 節)
1 月に入ってから、毎週の説教をお詫びから始めているようで、本当に申し訳ありません。今日お集まりの皆さん全員にかかわることではありませんので、説教の中ではなく、説教が終わってから言うほうがいいかもしれませんが、先週から私の身辺が忙しくなっていて、教会のブログを更新できていません。
料理で忙しくなっているわけではありません。料理についてはむしろ「今日は無いのですか」と言っていただけるほうがうれしいぐらいです。
そういうことではなく、先週は地域合同祈祷会で私が説教させていただきました。長年の交流がある仲間たちとの合同礼拝ですので、悪い意味での緊張はありませんが、教団・教派を超えての集まりにはそれなりの礼儀がありますので、その意味での緊張はありますし、ありました。
それがやっと終わったと思ったら、東京教区東支区の内部のことですが、いろいろイレギュラーなことが起こり、対応に追われています。
そして、今週末 1 月31日(土)沖縄キリスト教センター(沖縄県宜野湾市)での「北村慈郎牧師支援コンサート」に参加するために、今週 1 月29日(金)から沖縄に行くための飛行機の座席指定などもしています。
いま申し上げていることはすべて教会ブログ更新遅延の弁明ですので、お聞き苦しいかぎりで申し訳ありません。「ブログで発信しすぎるとそれを読むだけで済むので、教会に誰も人が来なくなるのではないか」とご家族から言われたかたの話も伺っています。おっしゃるとおりです。本音を言えば、日曜日の礼拝にぜひおいでいただきたいです。その気持ちを偽ることはできません。
今日はテサロニケの信徒への手紙一についての連続説教の 4 回目です。 1 回 1 章のペースで読み進め、 5 章は以前学んだので割愛することにしましたので、今日の 4 章で締めくくります。
また少し、おさらいとしてふりかえります。この手紙は紀元50年代に書かれました。送り主は、パウロ、シルワノ(シラス)、テモテの宣教チームです。
送り先は、ギリシアの当時も今も大都市であるテサロニケに生まれた、比較的まだ若い教会です。イエス・キリストの死と復活の後、エルサレムに最初の教会ができたのが紀元30年代。パウロが回心してキリスト者になり、宣教活動を始めたのもその頃。パウロたちのテサロニケ伝道が紀元50年前後。と言っても、非常に短い日数で夜逃げすることになりました。この手紙が書かれたのはその 1 年か 2 年後ぐらいだろうと考えられています。キリスト教会自体が創立20周年頃です。テサロニケ教会も創立したばかりの頃の情景が描かれています。
私たちの教会でいえば「美竹教会梅田伝道所」だった頃です。教会の創立にかかわった方々の思いの中に、夢と希望があふれていた頃。もちろん「信仰と希望と愛」があふれていたと言うべきでしょう。しかし、「信仰」については、神学や教理をしっかり学ぼうではないかというような気運よりも、とにかく出会う人出会う人との信頼関係を築き、実践に取り組むことが大事だったと思います。
「愛」についても、だれかれなく「あなたのことが好きです」と告白しようものなら、かえって問題があるに決まっているわけで、そういうことよりも、困っている人や弱さを抱えている人を助ける働きを、教会では「愛」というのです。それを実行するには、制度や設備を整えていかないとどうにもならない面があり、それには時間もお金もかかります。「信仰、希望、愛」と合い言葉のように言うとしても、信仰も愛も一日にして成りません。
しかし、「希望」だけはなんとかなるでしょう。目の前に整ったものが何も無くても「希望」だけは持てます。悪い意味ではありません。とにかく前向きに、助け合い、支え合いながら共に生きていく仲間が増えていくことを願う。そのような教会が、テサロニケの地に生まれ、その教会の誕生のきっかけになったのがパウロたちの宣教活動だったというのが、この手紙の背景です。
それで今日は 4 章です。先ほど 1 節から 8 節まで朗読していただきました。この箇所にパウロが書いているのは、パウロたちのテサロニケ伝道の際に文書でなく口頭による説教で語ったことを、テサロニケ教会のひとりひとりが記憶し、その教えを守っていることをテモテからの報告で知ったパウロの立場から、教会に対して「これからもその教えを守り続けてほしい」と励ましている言葉です。
これは、上下関係構造における命令と服従の問題ではありません。なぜそのように言えるのかといえば、「神に喜ばれるためにどのように歩むべきか」( 1 節)という問いの答えが「実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです」( 3 節)であり、かつその具体的な内容が「みだらな行いを避け、おのおの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならず、神を知らない異邦人のように情欲におぼれてはならないのです」( 4 ~ 5 節)であることから分かるのは、教会のひとりひとりがパウロの教えを守るかどうかの問題は、パウロ自身の名誉とは何の関係もないことであり、その教えを守る本人やその家族の名誉の問題になっているからです。
私は教会の礼拝説教のような場でこういう話をほとんどしたことがないし、これからもなるべく避けたい話なのですが、だれかが何ごとか他人に言えないような恥ずかしいことをして、それがいつの間にか発覚して、その人自身だけでなく、家族や関係者の名誉が傷つくことになるのは、「そんなことをしてはダメです」と注意した人の名誉の問題ではなく、本人の名誉の問題なので、教えを守るか守らないかを教会のせいにしないほうがいいと思うわけです。
「厳しく言われた」「上から命令された」「傷ついた」と言っては恨まれるのは、ほとんどいつも、厳しいことを言った側です。しかし、私が学校で教えていたときによく言っていたのは、「きみたちに厳しいことを言ってくれるのは、親か先生しかいないんじゃないの?」ということでした。
はっきり言いますが、今日の箇所の「聖なる者になる」( 3 節)の意味は、 2 章 3 節の「不純な動機」についてお話ししたときに触れたことともっぱら関係しています。「性的関係において乱れていないこと」をもっぱら指しています。
テサロニケ教会には「女性」がたくさんいたようです。その方々目当てで教会に来る人がいなかったでしょうか。ギリシア社会で「そういうものだ」「仕方ない」「人間だから」と言うような価値観の中で許され、当然視されていたような「みだらな関係」を、教会の中に持ち込んではダメですと、パウロは強く警告しています。つまり、これは教会内部の問題です。
教会外の関係であれば問題ないという意味ではありませんが、教会はそういう問題があるとたちまち壊れてしまいます。制度的にがっちり整備された教会では起こらないとは言いませんが、開拓伝道が始まったばかりの頃のテサロニケ教会の中で、私が今ここで口にできないような乱れた性的関係と、キリスト教的な「愛」とが区別できない状態で混同され、教会が壊れそうになっていたことをパウロが懸念しているとも読むことができます。
しかも、そのような乱れた人間関係を、教会の指導的立場の人々が「愛」や「罪の赦し」という言葉で肯定し、煽っていた可能性すらあると考えられます。
テサロニケの信徒への手紙一はどうでしたか。学校の聖書の授業だと、ここで感想文を書いてもらうところです。新約聖書の中で最も古い、現存するパウロ書簡の中でも最も古い文書に記されていることは、現代の社会と教会にも、ほとんどそのまま当てはまらないでしょうか。
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| ラップとホイルの中身は同じです |
説教「協力して道をひらく」
テサロニケの信徒への手紙一 3 章 6 ~10節
関口 康
「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら今わたしたちは生きていると言えるからです」(8節)
「今日も何かあるの」と期待していただけるようになりたいです。今朝は 7 時半起きでおはぎを作りました。つぶあんです。こしあんも作りたかったのですが、こしあんとつぶあんは作り方が全く違うと分かり、こしあんはあきらめました。
今日はテサロニケの信徒への手紙一の説教の 3 回目です。3 章を取り上げます。
先週の 2 章の段階で、パウロをリーダーとする宣教チームとテサロニケ教会の人々との関係が必ずしも一筋縄で行くものではなかったらしいことが分かりました。
パウロたちのテサロニケへの滞在期間があまりに短かったため、教会の中に彼らに不信感を持つ人々が現われ、騒ぎになっているという情報をパウロが得たため、なんとかして信頼関係を取り戻したいと願って弁解することを意図する言葉が 2 章に出てきました。
しかし、「覆水盆に返らず」です。いったん壊れた信頼関係を取り戻すのは容易でない、または不可能であることを私たちは経験的に知っています。パウロがそのことを知らなかったとは言えないでしょう。
しかし、それも単純な話ではありません。ひとつの突破口は、教会が個人の所有物ではないことです。かつて働いた教職に不信感を持つ人々がいることが、必ずしもすべての教会員との信頼関係の崩壊をストレートには意味しません。
そのように考えてよいひとつの理由は、その情報がパウロの耳に届いていることです。先週も触れましたが、「テモテをそちらに派遣した」( 2 節)と明記されているのが今日の箇所です。
テモテがテサロニケ教会の人々との面会に成功しました。完全な信頼崩壊が起こっていたら、面会すら不可能になります。テモテの派遣が受け入れられたということは聞く耳を持つ方々もおられたことの証拠と言えますので、大きな前進です。
テモテの派遣に当たり、パウロはテモテに 2 つの非常に尊厳のある呼び名を与えています。
第 1 の尊称は「わたしたちの兄弟」です。これで身分や年齢の違いは消え去ります。テモテはパウロよりもはるかに年下でした。しかし、「兄弟」として、愛と責任を共有することによってパウロと結ばれています。
第 2 の尊称は「神の協力者」です。この表現で合っています。「神と人間の関係は協力関係ではありえない。協力は、まるで対等のようだ。パウロが間違って書いたか、または誤訳だろう」と考える必要はありません。
神は人間を御自身のみわざに携わらせます。人間は「神と共に」働くことができますし、働かなければなりません。神と人間は同じ水準にいません。神に不足があって、それを人間が補う関係にあるのではありません。しかし、人間は「神と共に」働きます。人間の働きには独自の位置づけを与えられています。人間は「神の協力者」となるように召されます。
神と人間の協力関係の配分は、神100%・人間 0 %ではありません。神99%・人間 1 %でもありません。神が100%働き、人間も100%働きます。そのことをオランダの神学者ファン・ルーラー(Arnold Albert van Ruler [1908-1970])が「神律的相互関係」(theonome reciprociteit; theonomous reciprocity)という言葉で表現しました。
テモテの使命の目的は、テサロニケの教会の「牧会」です。日本の教会で、ドイツ語のSeelsorge(ゼールゾルゲ)が「牧会」と訳されてきました。Seele(ゼーレ)が「魂」でSorge(ゾルゲ)が「配慮」や「心配」を意味するので「魂の配慮」の意味になります。英語だとpastoral care(パストラルケア)で「パスター(牧師)的なケア(配慮)」です。
特にこの箇所に記されている「牧会」の具体的内容は「あなたがたを励まし、信仰を強めること」( 2 節)です。
「励ます」のほうは「教える」に近い意味の言葉です。「説教する」と言い換えても大差ありません。しかし「強める」のほうは、文字通りなら「支える」であり、比喩的に「力を与える」という意味です。「強める」は、しばしば誘惑や迫害との関連で用いられます。
言葉だけで、説教だけで、私たちの信仰生活のモチベーションを奪い去る妨害を乗りこえる力が出て来るかはひとつの大きな問題です。
「教会に通わない理由」はいくらでも思いつきます。しかし、「なぜ教会に通うのか」の理由を言葉にするのは意外と難しいものです。教職者の責任は「教会を強めること」です。「それは説教だけでない」と言わなくてはなりません。
テモテはテサロニケから戻ってきました。テモテの報告はパウロにとって喜びの知らせでした。「あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせ」( 6 節)を伝えてくれました。テサロニケ教会のみんなが信仰・希望・愛に生きた、まさに生きた証人として立ち続けていることの報告でした。
知らせを聞いたパウロが「あなたがたが主にしっかり結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言える」( 8 節)と書いています。本当に良かったと安堵し、感謝している言葉です。
(2026年 1 月18日 日本基督教団足立梅田教会 主日礼拝)
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| 日本基督教団足立梅田教会(東京都足立区梅田5-28-9) |
関口 康
「わたしたちの宣教は、迷いや不純な動機に基づくものでも、また、ごまかしによるものでもありません」( 3 節)
先週はすみませんでした。アップルパイのことです。
レシピどおりの焼き時間にセットしたオーブンで焼いていて、時間がすぎても全体がまだ白いのに焦げ目がつき始めて、おかしいと思ったら、オーブンに入れる前に溶き卵を塗るのを忘れていました。それではパイらしい色になりません。
「足立梅田教会に行くと牧師の料理を食べなくてはならないらしい」という悪いうわさが立つと困るので、毎週押し付けないようにします。しかし、今日は先週の挽回をさせていただきたく、ミニチョコパイを作らせていただきました。
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| 板チョコの15等分がいちばん難しかったです |
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| 半解凍した冷凍パイシートでチョコをくるみます |
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| ブラック、ハイミルク、ミルクです |
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| アップ |
「ミルクチョコ」とミルク多めの「ハイミルクチョコ」と「ブラックチョコ」の 3 種類です。区別できるように「M」「H」「B」とパイ生地の表面に竹串の先で書きましたが、焼いて膨らんだら文字が消えてしまいました。チョコのラベルをお皿に乗せて区別しておきます。
今日もテサロニケの信徒への手紙一を開きました。今日は 2 章です。このあたりからちょっと不穏な空気が漂いはじめます。文章の調子がやや弁解がましくなります。
その理由は分かります。テサロニケ教会の中にパウロに不信感を抱いている人々がいるという情報を、パウロ自身がなんらかのルートで入手したからです。情報ルートの可能性は 2 つです。ひとつはテモテ( 3 章 6 節参照)、もうひとつはテサロニケ教会のどのかたかです。
不信感の原因ははっきりしています。パウロのテサロニケへの滞在期間が短かったことです。使徒言行録17章 2 節にはパウロがテサロニケのユダヤ人の会堂(シナゴーグ)で「 3 回の安息日にわたって聖書を引用して(ユダヤ人と)論じ合った」と記されています。しかしその後ユダヤ人が暴動を起こしてパウロの滞在先の家を襲ったので、信仰を与えられたテサロニケの人たちが「夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出し」(使徒17章10節)ました。
夜のうちに逃げたのですから「夜逃げ」です。「そんなの聞いていない!」と思った人がいたに違いありません。テサロニケの教会の中に「パウロはなぜ夜逃げしたのか」について憶測が飛び交うようになりました。
現代の牧師と教会の関係もそうです。毎日お会いしているわけではなく、基本的に週に一度お会いする関係です。お互いをよく知っているようで、あまりよく知らない。その状態で牧師がいきなり教会からいなくなった。どうやら夜逃げしたらしい。一体どうなっているのかと激怒した人たちもいたでしょう。「あの牧師はわたしたちを見捨てたのか」と不信感を持った人たちがいたと考えられます。
不信感の内容については私個人の推測ではなく、聖書学者の推測をご紹介します。私がいつも頼りにしている註解書には「テサロニケの教会の中のある人々はパウロを宗教的ペテン師(een religieuze charlatan)と見ていた」と記されています(M. H. Bolkestein, De brieven aan de Thessalonicenzen, Prediking van het Nieuwe Testament (PNT), 1970, p. 47)。
「宗教的ペテン師」は、宗教の隠れ蓑を着て、自分の利益だけ追求し、自己目的だけめざし、私利私欲に溺れる人です。自分のことをそこまでひどく言われていることを知るに及んで、パウロが夜逃げの弁解を始めたというわけです。
弁解というのは、すればするほど逆効果になる場合もあることを、私は知っています。言えば言うほど墓穴を掘る。しかし、そこでどうしても黙っていられないパウロでした。性格の要素が関係しているかもしれません。
パウロが最初に全力で訴えているのは、わたしたち宣教チームとテサロニケの教会の人々は、少なくとも最初の出会いの時点では親しい間柄だったでしょう?ということを思い出してもらうことです。
「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによった」( 1 章 5 節)こと、また「主の言葉があなたがたのところから出て……神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられている」( 1 章 8 節)という事実にパウロが訴えていることの趣旨は、最初の出会い、本来の関係は良かったはずだということです。
ここでお断りします。私は今日はパウロの弁護人の側に立つことをお許しいただきたいです。私自身がこれまでパウロが経験したのと同じような経験をしてきましたので。
パウロが「力」や「確信」という点を強調しているのは、自分はあなたがたに信仰を与えた力ある説教者だったと言いたいのではありません。そこは逆です。この私パウロは、肉体的にも人間としても弱い者であるということを教会の人々に理解してもらおうとしています。
「わたしたちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたけれども、わたしたちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語ったのでした」( 2 節)の趣旨は、パウロの力は彼自身のものではなく、神のものであるということです。自分自身は神なしには生きられない弱い人間であるということです。
パウロたちがフィリピで巻き込まれたひどい事件については、使徒言行録16章19~40節に記されていますので、ぜひお読みください。
3 節にパウロが記している「わたしたちの宣教は、迷いや不純な動機に基づくものでも、また、ごまかしによるものでもありません」の趣旨は、「宣教」とは何か、とりわけ「説教」とは何かという宣教本質論、説教本質論です。
これは、パウロの個人的確信や自己弁護としてとらえないほうがよいです。パウロに限らず、時代状況に縛られず、すべての時代のすべての教会の宣教・説教に当てはまります。私たちにももちろん当てはまります。
「① 迷い」と「② 不純な動機」と「③ ごまかし」で説教されても困ることは、それはそうだろうと納得できることだとは思いますが、パウロが書いている言葉の意味内容を正確にとらえておきたいです。
「① 迷い」は新共同訳の訳です。聖書協会共同訳も同じです。しかし、改訂英語聖書(Revised English Bible, 1989)では「デリュージョン delusion」と訳されています。delusionは「欺瞞、誤り」(アンカーコズミカ英和辞典、学習研究社、2008年)です。
オランダ語聖書(Groot Nieuws Bijbel, 1997)では「ドワーリング dwaling」と訳されています。意味は「欺瞞、誤り」です。
これは旧約聖書的背景を持つ言葉です。偽の預言、背教、偶像崇拝などを指します(ミカ 3 章 5 節、イザヤ 3 章12節、 9 章15節、30章10節、エレミヤ23章13節、17節、32節など)。
「欺瞞」とは「人目をあざむき、だますこと」(広辞苑第 4 版)。他人に対して不誠実な意図を持って行動することです。
「② 不純な動機」は、多くの箇所で「性的に不純」という意味で用いられています(ローマ 1 章24節、コリント二12章21節、ガラテヤ 5 章19節、エフェソ 5 章 3 節、コロサイ 3 章 5 節など)。
もしその意味でパウロが書いているとすれば、説教者としての立場を乱れた性的ふるまいの隠れ蓑として利用したと非難され、それを彼が打ち消していることになります。
使徒言行録17章 4 節にテサロニケの「かなりの数のおもだった婦人たちも……二人に従った」とあります。女性からの人気が高くて妬まれたでしょうか。ただし、この言葉にはもっと広い意味があります。ひとつの意味に限定しないほうが妥当です。
「③ ごまかし」は聖書協会共同訳では「策略」と訳されています。改訂英語聖書(REB 1989)では「ディスィーヴ deceive」と訳されています。その意味は「うそをついたり隠し立てをしたりすること」です。「ディスィーヴァー deceiver」が「詐欺師」です。
私は二枚舌を使っていません。イエス・キリストの使徒という本来の姿以外の何者かを装っていません。他の目的や動機を持っていません。仮面を被っていません。どうか私を信頼してくださいと、パウロは訴えています。
すべての牧師と教会は己が身を省みて、自分も本当にそう言えるかと自戒すべきです。
もちろん私自身も例外ではありません。